原料米タンパク質に由来する清酒の苦味ペプチド
化合物群 / compound-class-sake-glutelin-peptides
sake bitter peptides derived from rice glutelin acidic subunit
模式図 — 写真ではなく、根拠をもとに苦味研究所が組んだ説明図

模式図(苦味研究所作成)· CC BY 4.0
清酒の苦味ペプチドは、米のタンパク質から生まれる
蒸米のグルテリンが醪の中で麹菌の酵素に消化され、N 末端にピログルタミル基を持つ五種のペプチドとして単離されるまでの順序を四段で描き、評価者六名で測った閾値と活性炭処理による低下、そして酒類総合研究所が「雑味」を標準用語から除外していることを記した図。
根拠: ev-sake-bitterness-glutelin-1 · ev-sake-bitterness-glutelin-2 · ev-sake-glutelin-sequences-1 · ev-sake-glutelin-thresholds-1 · ev-sake-glutelin-carbon-1 · ev-zatsumi-excluded-1
苦味を読む
この化合物群は、清酒のもろみ(蒸米・麹・水を発酵させる仕込み)の中で、米タンパク質のうちグルテリンという貯蔵タンパク質の酸性サブユニット(分子量31-32kDa)が麹菌由来の酵素によってN末端側から消化され、生じる一群のオリゴペプチド(アミノ酸が数個以上つながった断片)である。いずれもN末端にピログルタミル基(グルタミンの側鎖が環化してできる構造)を持つ。麹菌を使う発酵食品全般では、酵素分解で遊離したグルタミンやペプチドN末端のグルタミン残基が熟成中に自発的に環化してピログルタミン酸に変わることが知られており、清酒中にも短いピログルタミルペプチドが同定されている。ただしこの一般的な環化反応そのものを苦味の直接の根拠として扱うことはできない。
2008年の研究は、市販純米酒(山田錦を70%まで精米)から精製した5種のペプチドの構造を、それぞれ計算質量と実測質量(LC-MSまたはMALDI-TOF-MS)を対応させて同定した。たとえば<QLFNPSは計算質量687.0に対し実測688.5、<QLFGPNVNPWHNPは計算質量1501.6に対し実測1502.7というように、いずれも米グルテリン酸性サブユニットのN末端配列に由来する。6名の評価者による官能評価では、これらのペプチドの検知閾値は0.02-0.18mM、認知閾値は0.08-0.66mMで、味の特徴は「苦味,不快な後味」「苦味,エグ味」「エグ味,苦味,雑味」などピークごとに異なった。清酒中の実際の濃度を認知閾値で割った値(呈味への寄与の目安)は6-60の範囲だった。
これらのペプチドは活性炭処理で減らすことができる。処理量を200・500・1000mg/lと増やすほど清酒中の濃度(ピーク13,17,18,20)は低下し、1000mg/l処理では大部分が検出限界を下回った。無処理の大吟醸(精米歩合40%)ではピーク13が10.5-12.1mMだったのに対し、市販の普通酒では0.8-3.5mMと低かった。精米歩合を90%から40%まで変えた消化試験では、日本晴という品種では精米歩合が下がる(高精米になる)ほど高分子ペプチドが減る傾向が見られたが、山田錦・五百万石という別の2品種にはその傾向がなく、精米歩合とペプチド生成量の関係は品種によって一様ではなかった。
「タンパク質レベルの高い原料米で造った清酒には雑味が多い」という、これまで漠然と語られてきた経験則について、2008年の解説の著者は、このグルテリン由来苦味ペプチドの生成という形でその理由の一端をとらえられたと考察している。ただしこれは統計的に確立された因果関係ではなく、著者自身の考察としての言明である。
この説明の根拠
原料米タンパク質に由来する清酒の苦味ペプチド (Bitter-Tasting Sake Peptides Derived from the Rice Protein)
この本文で確認した範囲: グルテリン酸性サブユニット消化によるペプチド生成機構を確認した/5種ペプチドの配列と計算質量・実測質量の対応を確認した/検知閾値・認知閾値と呈味寄与指標6-60を確認した/活性炭処理量に応じたペプチド濃度低下の実測値を確認した/精米歩合と高分子ペプチド量の品種依存的な関係を確認した/雑味の経験則を本機構で説明づける著者考察を確認した
この本文で確認した範囲: 麹発酵食品全般でのピログルタミル化機構の背景を確認した
構造化された主張 — 節を開くと、主張ごとの確度・根拠・限界が読めます
組成・含有(2)
範囲: 蒸米(コメ)タンパク質のグルテリン酸性サブユニットが清酒醪中で麹菌由来酵素により消化され,N末端側にピログルタミル基を持つ特徴的なオリゴペプチド(苦味ペプチド)が生成し,清酒の呈味に関与している可能性が示された。
注記: 橋爪克己(2008)による解説。原料米変異体4系統(esp1-4)とその親株(日本晴・山田錦)を用いた蒸米消化試験、および市販純米酒から単離した苦味ペプチド標品の分子構造解析・官能評価に基づく。
データを表示
ingredient-sake —has_bitterness_generated_by→ compound-class-sake-glutelin-peptides注記: 橋爪(2008)第3表・第3図。純米酒(山田錦70%精米)からの逆相HPLC分取・精製標品。
データを表示
compound-class-sake-glutelin-peptides —has_composition→ "単離同定された5種のピログルタミル(<Q)オリゴペプチド: <QLFNPS(計算質量687.0/実測688.5, LC-MS), <QLFNPSTNP(999.1/1000.4), <QLFNPSTNPWH(1322.4/1323.6, MALDI-TOF-MS), <QLFNPSTNPWHSP(1506.6/1507.7), <QLFGPNVNPWHNP(1501.6/1502.7)。いずれも米グルテリン酸性サブユニット(31-32kDa)のN末端配列に由来する。"感覚(1)
注記: 橋爪(2008)第5表。15%エタノール溶液に溶解した精製標品の評価。
データを表示
compound-class-sake-glutelin-peptides —has_bitter_recognition_threshold→ "精製単離ペプチド5種(ピーク9,13,17,18,20)の検知閾値0.02-0.18mM、認知閾値0.08-0.66mM(評価者6名の幾何平均)。呈味の特徴はピーク毎に『苦味,不快な後味』『苦味,エグ味』『エグ味,苦味,雑味』等異なる。清酒中濃度/認知閾値の指標(呈味への寄与の目安)は6-60の範囲。"機構・受容体(1)
範囲: 麹発酵調味食品(味噌・醤油・清酒等)では、麹菌の酵素分解で遊離したグルタミン(Gln)、あるいはペプチドN末端のGln残基が、加熱または熟成中に自発的にピログルタミン酸(pyroGlu)へ環化する。清酒中にはpyroGlu-Leu, pyroGlu-Gln等の短鎖ピログルタミルペプチドが同定されている(第1表)。
注記: 鄭ほか(2022)総説pp.6-8。橋爪(2008)が単離した清酒苦味ペプチドも同じくN末端にピログルタミル基を持つことから、機構の一般的背景として引用する。ただし鄭ら(2022)が列挙するpyroGlu-Leu等の短鎖ペプチド自体を『苦味』と述べる記述は当該総説中に見当たらないため、苦味の直接根拠としては用いない(evidence の relation は contextualizes とする)。
データを表示
compound-class-sake-glutelin-peptides —has_biosynthesis_controlled_by→ "麹菌酵素によるタンパク質分解、およびペプチドN末端グルタミン残基のピログルタミン酸(pyroGlu)への非酵素的環化"加工・調理でどう変わる(3)
範囲: 活性炭素処理量(200/500/1000 mg/l)を増やすほど清酒中のペプチド濃度(ピーク13,17,18,20)は低下し、1000mg/l処理では大部分が検出限界未満になった。無処理の大吟醸(2001-2004年産,精米歩合40%)ではピーク13が10.5-12.1mMだったのに対し、市販普通酒A-Cでは0.8-3.5mMと低かった(活性炭使用量が多い普通酒ほど低い傾向と整合)。
注記: 橋爪(2008)第4表。平均値±標準偏差(3回測定)。
データを表示
compound-class-sake-glutelin-peptides —is_reduced_by→ "活性炭処理"範囲: 精米歩合を90-40%に段階的に調製した3品種の蒸米消化試験で、日本晴では精米歩合が低下する(高精米になる)につれて高分子ペプチド量が減少する傾向が見られたが、山田錦・五百万石ではそのような傾向は見られなかった。
注記: 橋爪(2008)第4図。精米歩合と苦味ペプチド生成の関係は原料米品種に依存し、一様ではないことを示す実測データ。麹菌(RIB128株)による消化試験(pH4.3, 37℃, 1-2日静置)に基づく。
データを表示
compound-class-sake-glutelin-peptides —are_not_uniformly→ "精米歩合(90-40%)による蒸米タンパク質消化物中の高分子ペプチド生成量の変化"範囲: 令和4年における酒類の研究業績(醸協118巻4号p.220)が紹介する橋爪ら(発表年未確認、原著未読了)の要旨によれば、高いACP活性を持つペプチダーゼ剤の添加は清酒の苦味ペプチドを低下させ,(pGlu)L-エチルを増加させたと報告されている。一方、(pGlu)ペプチドエチルエステル生成活性が高くACP活性が低い酵素剤の添加では、清酒中の(pGlu)LF-エチル及び(pGlu)LFNP-エチルが増加し((pGlu)L-エチルは増加せず),これらオリゴペプチドエチルエステルの増加が清酒の味わいに良い効果を与えることが示唆されたと報告されている。同誌p.233の橋爪ら別報要旨は,カルボキシペプチダーゼ型活性を示す酵素について『苦味ペプチドの低減に寄与する一方で,呈味の優れないジペプチドの生成に関わる』と明記しており,苦味低減にも品質面のトレードオフが伴いうることを示唆する。
注記: 原著未読了。抄録誌(編集部による要約)からの二次引用。同一のペプチド系統に対する酵素処理でも、『苦味ペプチドの低減=望ましい』という扱いと、『エステル化誘導体の増加=味わいに良い効果』という扱いが併存しており、苦味に対する扱いの二面性を示す一例として収載する。ACP活性が高い酵素剤の添加自体も苦味ペプチド低下と(pGlu)L-エチル増加という二面的な効果を伴う(醸協118(4)p.233の橋爪ら別報要旨も参照)。
データを表示
compound-class-sake-glutelin-peptides —has_bitterness_quality_reduced_by→ "高い酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)活性を持つペプチダーゼ剤の清酒への添加"文化(1)
範囲: 『タンパク質レベルが高い原料米で造った清酒には雑味が多い』という,これまで漠然と捉えられていた経験則の理由の一端を,タンパク質レベル(グルテリン由来苦味ペプチドの生成)でとらえることができたと著者は考察している。
注記: 橋爪(2008)おわりに(p.579)の記述。著者自身の解釈的まとめであり、業界で語られてきた経験則を苦味ペプチドの生成機構で説明づける言説として扱う。因果を統計的に確立した実験ではなく、考察部分の言明である点に留意。
データを表示
concept-zatsumi —is_associated_with→ compound-class-sake-glutelin-peptides