苦味の交差点 — 2026-09-06
えぐ苦い(えぐにがい)
えぐ苦いとは、えぐみと苦味が別々の感覚として同時にある味の状態を指す、この研究所の提案語である。
↑この頁でわかること
- 「えぐ苦い」という呼び方は、えぐみと苦味が互いを消さずに両方残っている場合にこの研究所が付けた名前で、辞書の見出し語としては確認されていない。
- ホウレンソウの抽出液を水とエタノールで分けた実験では、シュウ酸味と苦味が別々の画分に集まることが確認されている。
- しょうゆでは、えぐみが苦味ではなく渋味と一つの評価項目にまとめられていることが、12銘柄を比べた研究で確認されている。
- えぐみが苦味の隣に置かれるか渋味の隣に置かれるかは食品によって違い、共通の物差しはまだ定まっていない。
成り立ち
えぐ苦いを支える根拠は、心理物理(溶液)や受容体(細胞)の層ではまだ集まっていない。ここに置けるのは、 実際の食品を対象にした研究だけである。
料理で
ホウレンソウを対象にした一研究は、水で取り出した成分を吸着材に通し、性質の違う二群に分けた。研究内で 意味を決めた「シュウ酸味」——長くえぐみの原因として語られてきた感覚——は水で流れ出た側に集まり、苦味は そのあとエタノールで取り出した側に集まった。同じホウレンソウの抽出液の中で、二つの感覚は別の画分に 分かれて現れている。
範囲: ホウレンソウから水で取り出した成分を吸着材に通し、性質の違う二群へ分けた一研究
注記: 研究内で意味を決めた「シュウ酸味」は水で流れ出た側、苦味はその後エタノールで取り出した側に集まった。すべての食品のえぐみがシュウ酸由来という主張ではない。
データを表示
concept-egumi —can_be_measured_separately_from→ sensation-bitter同じ研究の結論はさらに踏み込む。分けた画分のシュウ酸を定量し、シュウ酸味・苦味それぞれの官能評価と 突き合わせたところ、著者らは苦味の側をシュウ酸そのものではないと解釈した。シュウ酸味と苦味という二つの不快な後味が、化学的にも別の担い手を持つ、という読み方である。
範囲: 層: 食品。ホウレンソウ生葉・水抽出液・茹で汁と、その固相抽出分画(水溶出画分/エタノール溶出画分)。少人数(著者を含む)による官能評価。
注記: 出典の要約は「ホウレンソウの苦味については、シュウ酸とは異なる成分によるものと考えられる」と結論している。シュウ酸味(えぐ味論争の対象)と苦味は同一実体ではないとする結論。 既存の主張(えぐ味は苦味と分けて測れる)を補う別命題: ほうれん草の苦味物質はシュウ酸ではない、という同定側の結論。
データを表示
sensation-bitter —is_not_synonymous_with→ concept-egumiしょうゆを対象にした研究では、逆の扱いが見える。訓練を受けた評価者が市販しょうゆ12銘柄を採点した際、 渋味とえぐ味は一つの評価項目にまとめられ、苦味とその後味は別の項目として立てられた。ここでのえぐみは 苦味とではなく渋味と一つに結ばれており、分かれ方は食品によって違う。
範囲: 訓練を受けた評価者が決められた言葉ごとに強さを採点し、市販しょうゆ12銘柄を比べた研究
注記: 確認できた抄録では渋味とえぐ味を別々の点数へ分けられない。炊いたご飯やホウレンソウで使われた定義とも同一視しない。
データを表示
concept-egumi —is_presented_as→ "渋味とえぐ味をまとめた一つの評価項目"例外と留保
えぐみの定義そのものが、対象にした食品ごとに揺れる。炊いたご飯の官能評価用語の体系では、えぐみは 「舌や喉にアクがまとわりつくようないがらっぽい感じ」と定義され、苦味とは別の基本味として扱われている。
範囲: 人が目・鼻・口などの感覚で炊いたご飯を調べ、特徴を同じ言葉で記録するために作られた評価語の辞書
注記: 論文では「米飯の官能評価用語体系」と呼ぶ。炊いたご飯という製品領域で使うための定義であり、えぐみ一般の唯一の定義や単一受容機構を示すものではない。
データを表示
concept-egumi —is_defined_in_context_as→ "舌や喉にアクがまとわりつくような、いがらっぽい感じ"しょうゆの評価語では、えぐみは渋味と一つの項目に束ねられ、苦味からは切り離されている。ホウレンソウの 研究では、えぐみに近い「シュウ酸味」と苦味が別の化学画分に分かれる。同じ「えぐみ」という日本語が、 対象にした食品によって、苦味の隣に置かれたり渋味の隣に置かれたりする——えぐ苦いという状態を語るときは、 どの食品でのえぐみを指しているかを明らかにする必要がある。
ホウレンソウの研究は少人数の官能評価にとどまり、著者を含む評価者による質の確認であって、えぐみ全般に 使える共通の尺度ではない。しょうゆの研究も抄録の範囲でしか確認できておらず、まとめられた一項目の中で 渋味とえぐ味それぞれの寄与は分けられていない。個人差や濃度による反転を示す資料は、まだ集まっていない。
世界の実例
- ほうれん草 — シュウ酸味と苦味が別画分に分かれるという報告の対象
- たけのこ(孟宗竹) — 産地の土壌によって苦味・あくの強さが異なると記録される食材
- たけのこの味噌煮 — 富山県の郷土料理。下ゆでのあと味噌で煮含める
- ナムル — 山菜など食用の草木を茹で・炒めて和える韓国の副菜群
- えぐみ — 食材と用例ごとに定義を添えて扱う日本語の官能語
家で確かめる
状態: 候補(食べ比べの記録が付いたら公開)
ほうれん草を茹で時間で比べる
変数はゆで時間の1つ。ほうれん草を同じ束から3等分し、沸騰した湯にそれぞれ短時間・中程度・長めの3条件で くぐらせてから同じように冷水に取る。ゆで汁に溶け出す量が時間で変わるなら、えぐみ側と苦味側の残り方が 条件ごとに違って感じられるかどうかを、同じ評価者が続けて食べ比べて確かめられる。
しょうゆを生と火入れで比べる
変数は火入れの有無。同じ銘柄系列の生しょうゆと火入れしょうゆを用意し、同じ豆腐や刺身に同じ量をかけて 食べ比べる。渋味とえぐ味をまとめた感じと、苦味・苦味の後味の感じを分けて言葉にできるかを確かめる条件で、 分量や加熱の程度による健康上の意味は扱わない。
分かっていないこと
- ホウレンソウの実験でのシュウ酸味・苦味の強さは、数値ではなくプラスとマイナスの記号だけで記録されており、どれだけ強かったかの程度は測られていない。
- シュウ酸が口の中で結晶を作って感じられるという説明が、実際にえぐみとして感じられる条件と同じものかどうかは、直接には確かめられていない。
- たけのこなど、えぐみの代表格として挙げられる食材について、えぐみと苦味を分けて測った官能評価の資料は、この頁の根拠の範囲では見つかっていない。
辞書とのあいだ
「えぐ苦い」という同形の複合語が辞書に載っているかは未確認である。辞書に載っているのは「えぐい」の項で、 語義の一つに苦味への言及がある。
範囲: デジタル大辞泉「蘞い(えぐい)」語義1(コトバンク掲載)
注記: 見出し漢字表記は「蘞い/醶い」。
データを表示
concept-egumi —is_defined_in_dictionary_as→ "『あくが強くて、いがらっぽい感じがする。えがらっぽい。』用例「山菜を食べたあと、のどが―・い」"同じ項目には、味とは離れた比喩的な語義も並んで記録されている。
範囲: デジタル大辞泉「蘞い(えぐい)」語義2(コトバンク掲載)
注記: 俗用としての比喩義。
データを表示
concept-egumi —is_defined_in_dictionary_as→ "『俗に、むごたらしいさま。また、どぎついさま。』用例「―・い描写」"範囲: デジタル大辞泉「蘞い(えぐい)」語義3(コトバンク掲載)
注記: 鈴木三重吉「小鳥の巣」からの引用。
データを表示
concept-egumi —is_defined_in_dictionary_as→ "『我が強くて思いやりのないさま。きつい。』引用「では何か…、―・い事でもお言いなしたのですかい?」〈三重吉・小鳥の巣〉"「えぐい」と同じ意味の異形として「えごい」も同じ辞典項目に記録されており、その用例には苦味への言及が酸味と並んで含まれている。
範囲: デジタル大辞泉「蘞い(えごい)」項(コトバンク掲載)
注記: 「えぐい」と同義の異形「えごい」が同じ辞典項目内に併記されている。
データを表示
concept-egumi —is_documented_in→ "『えご・い〔ゑごい〕【×蘞い/×醶い】[形][文]ゑご・し[ク]「えぐい」に同じ。』引用「苦く、―・く、すっぱく…稀有な声だぞ」"ほろ苦いとの違いは、抑える側と並び立つ側の違いである。ほろ苦いは、 相手の味が自分の輪郭を残さずに苦味を弱めた結果であり、苦味の強さの軸の内側に位置づけている。えぐ苦いは 逆に、えぐみが苦味とは別の感覚として並んで残る状態を指す。弱めるか、並び立つか——この二つは同じ「軽くなる 苦味」の話ではない。
よく問われること
ほうれん草のえぐみと苦味は同じものか
確認できた研究の範囲では別のものである。水で取り出した成分とエタノールで取り出した成分に分かれ、 苦味側の物質はシュウ酸ではないと結論づけられている。
山菜のあく抜きは苦味も一緒に抜けるのか
この頁の根拠だけでは答えられない。たけのこの郷土料理記録は米ぬかと赤唐辛子を使った下ゆでを記すが、 苦味・あくの減り方を数値で示した資料はまだ無い。
しょうゆの「えぐ味」は苦味の一種か
確認できた評価語の設計では、えぐ味は苦味ではなく渋味と一つの項目にまとめられている。えぐ苦いという 状態を語るには、しょうゆではなくホウレンソウ側の報告を根拠にする必要がある。
関連: 苦味の交差点・苦味を消す調味料はある? — 砂糖・塩で変わること・苦味と渋味とえぐみは、何が違うのか・野草料理の名前は、一種類の植物を指さない・苦味・渋味・えぐみ
この頁の引用のしかた
青木大(NIGAMI LAB)(2026). えぐ苦い(えぐにがい)— えぐみと苦味が並び立つとき. https://nigamilab.com/crossings/egumi-bitter/
主張ごとの固定リンクは各カードの #clm-… です。データは CC BY 4.0、配布は データを使う。 データセットの DOI: 10.5281/zenodo.22739101