研究ノート 015 — 2026-08-31(増補 2026-09-08)
野草料理の名前は、一種類の植物を指さない
野草の苦味を集めるとき、料理名を植物名だと思い込むと地図が壊れます。そこでこのノートでは、植物、食用部位、地域名、皿名、下処理を別のものとして扱います。
この頁でわかること
- ホルタという一語は単一の植物種を指さず、一つの調査では55種の野生葉菜を束ねていることが確かめられている。
- 集められた野生葉菜の大半は苦いと住民自身によって分類されており、その内訳はキク科やアブラナ科など複数の科にまたがると一つの調査は記す。
- ヨモギという植物名の中には、カフェインの約50倍苦い成分と、苦味を持たない主要成分が同居していることが一つの研究で示されている。
- 料理名や皿の名前ひとつの内側でも苦味の現れ方が揺れることが、少なくとも一つの食味記録で示されている。
日本の候補は、裏の取れた料理だけを別立てする
ツワブキは宮崎県の油炒め、アシタバは伊豆諸島の天ぷら等、アケビ皮は林野庁掲載の肉味噌のせ、ヨモギは立山町の寒餅バリエーションへ接続しました。既存候補の「ツワブキ佃煮」「ヨモギ汁」「アケビ皮の味噌炒め」は、似ていても同じ証拠で格上げしていません。
範囲: 農林水産省掲載レシピ
注記: 地域・家庭差がある。野生採集の安全性を保証しない。
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dish-tsuwabuki-oil-stir-fry —is_prepared_by→ "塩ゆで、冷却、皮むき後に炒め煮する"範囲: 内閣府の離島観光・文化記録
注記: 苦味の官能測定ではない。
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ingredient-ashitaba —is_consumed_in→ "伊豆諸島で、お浸しや天ぷらなど"範囲: 林野庁『林野』2015年10月号掲載レシピ
注記: 掲載レシピでは果皮を器のように使い、豚肉ときのこの味噌をのせる。一般的な味噌炒めとは工程が異なる。
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dish-akebi-meat-miso —includes→ ingredient-akebi-peel範囲: 農林水産省の伝統食図鑑に記録された立山町のバリエーション
注記: ヨモギ汁候補の裏取りではない。
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dish-yomogi-kanmochi —includes→ ingredient-yomogiあけびの肉味噌のせでは、皿の名前ひとつの内側でも苦味の現れ方が揺れます。大蔵村の夕食を記した記事は、同じ食卓に並んだあけび料理を、苦味を感じないものと、ほんのり苦くあけびらしいと感じるものとに分けて書いています。訓練された官能パネルの測定ではなく書き手一人の食味記述ですが、日本側の候補でも、料理名は均質な苦味を約束していません。
範囲: 同記事の筆者による大蔵村での一回の食体験
注記: 訓練パネルや苦味強度尺度による官能試験ではない。
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ingredient-akebi-peel —has_sensory_attribute→ "料理によって苦味を感じないものから、ほんのり苦くアケビらしいものまであったという筆者の食味記録"ヨモギという名前は、苦味の担い手も一つに絞らない
ヨモギという植物名も、中を開けば一様ではありません。Artemisia princepsの地上部を分画し、苦味の強い画分を追いかけた研究は、抄録の範囲では、セスキテルペン化合物2種を単離したと記録しています。この2種は、カフェインの約50倍苦く、キニーネ塩酸塩と同程度の苦味を示したと記載されています。絶対濃度やパネル人数といった詳細は、抄録の記述だけでは確認できていません。
範囲: 層: 溶液。Artemisia princeps Pamp.地上部の抽出・分画物、活性追跡分画による苦味成分の単離。
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ingredient-yomogi —is_documented_as_having→ "地上部の活性追跡分画から単離されたセスキテルペン化合物2種(1α,6α,8α-トリヒドロキシ-5α,7βH-グアイア-3,9,11(13)-トリエン-12-オイック酸およびアルテカリン)は、カフェインの約50倍苦く、塩酸キニーネと同程度の苦味を示した。"一方、同じ植物の主要な生理活性成分として知られるユーパチリンとジャセオシジンは、いずれも苦味を示さなかったと、同じ抄録は記しています。ヨモギという一つの植物名の下には、強く苦い成分と、苦味を持たない主要成分とが同居しています。皿の名前が複数の植物を束ねるのと同じように、植物の名前もまた、均一な苦味を保証しません。
範囲: 層: 溶液。Artemisia princeps Pamp.地上部の抽出・分画物、活性追跡分画による苦味成分の単離。
注記: 苦味の主因ではない主要成分を否定的に特定した知見。同一資料の別記述。
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ingredient-yomogi —is_documented_as_having→ "Artemisia princepsの主要な生理活性成分であるユーパチリンとジャセオシジンは、いずれも苦味を示さなかった。"ホルタは一種の葉ではない
中央クレタの民族植物学調査は、31件の面接から55の野生葉菜を記録しました。ホルタは単一植物ではなく、土地・季節・採集者の知識を束ねるカテゴリーです。ゆでた皿を固定レシピにせず、植物の組合せが変わる料理骨格として保存します。
範囲: 中央クレタの31件の半構造化面接で記録された55の野生葉菜
注記: hortaは料理・採集カテゴリーとして扱い、植物同定を個別に保持する。
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ingredient-horta-greens —is_not_synonymous_with→ "単一の植物種"範囲: 中央クレタの民族植物学調査
注記: 使用植物は季節・場所・採集者で変わる。
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dish-horta-vrasta —is_prepared_by→ "複数の野生葉菜をゆでる"ホルタという名前が束ねる中身を、割合で見た調査もあります。エーゲ海のイカリア島で行われた別の民族植物学調査は、住民への31件のインタビューから野生葉菜(chorta)の56分類群を記録し、55種を同定しました。集められた葉菜の大半は苦いと記述され、その31%はキク科かアブラナ科に属していました。よく名前の挙がった葉菜に絞ると、この二科の割合は50%まで上がります。この分類は住民自身の申告にもとづくもので、官能パネルによる測定ではありません。
範囲: 層: 文献。ギリシャ・イカリア島、半構造化インタビュー(n=31)によるエスノボタニー調査で記録された野生葉菜(chorta)56分類群。
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ingredient-horta-greens —is_documented_as_having→ "イカリア島で記録された野生葉菜56分類群(55同定)のうち、大半が苦味があると記載され、そのうち31%がキク科・アブラナ科に属した。"属の内訳を見ると、この二科は一様ではありません。報告された種の大半は、苦味のあるキク科14属と、辛味と苦味を併せ持つアブラナ科3属に分かれていました。「ホルタ」は一つの植物どころか一つの科にも収まらず、性質の違う苦味を持つ複数の属を同じ料理名の下に置いています。
範囲: 層: 文献。ギリシャ・イカリア島、半構造化インタビュー(n=31)によるエスノボタニー調査で記録された野生葉菜(chorta)56分類群。
注記: 同一資料の別記述。属数の内訳を追加。
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ingredient-horta-greens —is_documented_as_having→ "報告された種の大半は苦味のあるキク科(14属)と、辛味・苦味を伴うアブラナ科(3属)に属すると記載された。"スタムナガシは、同定できる一種
これに対してスタムナガシは、文献上 Cichorium spinosum へ接続できます。苦い葉を茹でる、またはサラダで食べる記録があります。ただしその記述は栽培研究の背景文献で、官能パネル実測ではありません。
範囲: 栽培研究と既存文献の植物同定
注記: 地域名の綴り・範囲は資料ごとに差がある。
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ingredient-stamnagathi —is_a→ "Cichorium spinosum の葉菜"範囲: Cichorium spinosumの栽培研究の背景記述
注記: 当該研究の官能パネル実測ではない。
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ingredient-stamnagathi —has_sensory_attribute→ "苦い風味をもち、サラダまたは茹でて食べる葉"オリーブ葉は、苦味と渋味を同時に動かす
オリーブ葉抽出物では訓練パネルによる苦味閾値が測られ、糖類によるマスキングも比較されました。別の浸出液研究では、粉砕を強めるほどオレウロペイン移行が増え、苦味だけでなく渋味も強まりました。一つの「濃い味」へまとめず、二つの感覚軸として残します。
範囲: 果実スムージーへ添加した抽出物を11名訓練パネルで評価
注記: 抽出物の結果であり生葉一枚の食味へ直接移転しない。
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seasoning-olive-leaf-extract —has_sensory_attribute→ "強い苦味"範囲: オリーブ葉抽出物強化スムージーの比較
注記: 塩化ナトリウムは有効なマスキングを示さなかった。特定濃度の結果。
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seasoning-olive-leaf-extract —has_perceived_bitterness_suppressed_by→ "スクロースおよびシクラメート"範囲: 粉砕度を変えたオリーブ葉浸出液
注記: 13名の非訓練パネルを用いた一試験で、苦味と渋味を別属性として記録する。
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process-olive-leaf-infusion —can_increase→ "水相へ移るオレウロペイン量と知覚される苦味・渋味"よく問われること
ホルタとは何を指す言葉なのか
ホルタ(chorta)は、地中海圏で食べられる野生の葉物料理を指す言葉で、単一の植物種を指すのではない。中央クレタでの民族植物学調査では、31件の面接から55種の野生葉菜が記録され、ホルタという一語がこれらをまとめて指すことが示されている。別の調査地イカリア島でも、56の分類群のうち55種が同定され、住民の申告では大半が苦いと分類されたが、その内訳はキク科やアブラナ科など複数の科にまたがっていた。つまりホルタという名前は、土地や季節、採集者によって中身が変わる、束ねられたカテゴリーとして使われている。
ヨモギは苦い植物なのか
ヨモギ(Artemisia princeps)の地上部を分画した研究では、苦味の強い画分からセスキテルペン化合物2種が単離され、これらはカフェインの約50倍苦く、キニーネ塩酸塩と同程度の苦味を示したと報告されている。一方、この植物の主要成分として広く知られるユーパチリン・ジャセオシジンの側には、苦味が確認されなかったと同じ資料は記す。つまりヨモギという一つの植物名の中に、強く苦い成分と苦味を持たない主要成分が同居している。実際の料理でどちらの成分がどれだけ効いているかは、この抄録の範囲では確かめられていない。
分かっていないこと
- ホルタやスタムナガシに実際にどれだけの苦味があるかを、統一した官能パネルで比べた資料はこの目録には見つからなかった。イカリア島とクレタの調査は住民自身の申告に基づく分類にとどまる。
- ヨモギの苦味成分2種が、実際にヨモギを使った料理の中でどれだけ苦味に寄与するかは、この抄録の範囲では確かめられていない。
- アケビ料理の苦味の現れ方が料理ごとに揺れるという記述は、書き手一人の食味記録にとどまり、複数人のパネルで確かめられた結果ではない。
- オリーブ葉のオレウロペイン量と苦味・渋味の関係を、料理としての葉の食味と結びつけて測った資料は、この目録には見つからなかった。
関連: 苦い、渋い、辛いの境界 / 食材図鑑
この頁の引用のしかた
青木大(NIGAMI LAB)(2026). 野草料理の名前は、一種類の植物を指さない. https://nigamilab.com/notes/wild-greens-are-not-one-plant/
主張ごとの固定リンクは各カードの #clm-… です。データは CC BY 4.0、配布は データを使う。 データセットの DOI: 10.5281/zenodo.22739101