研究ノート 032 — 2026-09-04
マテを「苦いまま」飲むということ
マテは南米で広く飲まれる飲料で、砂糖を加えずに飲む淹れ方は amargo(苦い)と呼ばれる。ここまでは資料の複数が一致する。だが「南米はマテを苦いまま飲む」と一文でまとめてしまうと、今回集まった資料が実際に記録しているものより粗い話になる。アルゼンチンは法律でマテを国民的飲料と定め、ウルグアイの調査では大学生の九割超が無糖で飲むと答える一方、チリの民族誌は同じ国の中でさえ地域によって意味が違うと記す。このノートは、「苦いまま」という一つの言葉の内側にある、資料ごとの分かれ方を並べる。
このページの内容(9 節)
この頁でわかること
- アルゼンチンではマテを「国民的飲料」と定める法律が制定されていることが、条文の逐語で確認されている。
- ウルグアイの大学生470名を対象にした調査では、94.7%が無糖のamargoを選んだことが確認されている。
- チリの民族誌調査は、同じ国の中でも南部とサンティアゴでマテの意味づけが違う形で語られていることを示している。
- マテの浸出液そのものがどの苦味受容体を介して苦く感じられるかは、まだ測られていない。
マテとは何か
マテ茶は、Ilex paraguariensis の葉(および小枝)を焙煎・乾燥・熟成させた茶葉に、65–95 ℃ の湯を注ぐのが最も一般的な淹れ方として記される。
範囲: 南米の伝統的な調製法
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —is_prepared_from→ organism-ilex-paraguariensis浸出液にはカフェイン・テオブロミン・テオフィリンといったプリンアルカロイドが含まれる。
範囲: 湯出し・水出しのマテ茶浸出液
注記: object_entity はカフェイン。テオブロミン・テオフィリンは object_text で記録。
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —contains→ compound-caffeine官能研究の側でも、マテ茶浸出液は苦味飲料カテゴリの一員として扱われてきた。アルゼンチンの消費者パネルによる multiple-sip の time-intensity 研究では、PROP溶液やコーヒー・グレープフルーツジュースと並ぶ市販の苦味製品としてマテ茶浸出液が使われ、すするごとに苦味の最大強度が増していく累積効果が確認された。
範囲: アルゼンチン消費者パネルの multiple-sip time-intensity 研究で苦味飲料カテゴリとして使用
注記: 同研究では複数回すするごとに苦味の最大強度が増す累積効果が確認された。マテ単独の強度値は抄録に記載なし。
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_sensory_attribute→ sensation-bitter国民的飲料と呼ばれるとき
マテ茶は数世紀にわたり先住民の社会的な飲用の対象であり、飲用作法そのものが文化の一部として記述される。
範囲: 南米(生産はアルゼンチン・ブラジル・パラグアイが中心)
注記: 健康効果・薬用効果については主張しない。
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_cultural_role_of→ "南米で広く飲まれる非アルコール飲料。先住民による数世紀にわたる社会的飲用と、飲用作法が文化の一部であることが記述されている"アルゼンチンでは、この飲料が法律の条文にまで書き込まれている。Ley 26.871 第2条はマテを「yerba mateという食品を基に調製された飲みもので、容器に入れ熱湯で湿らせ、bombilla(吸い管)を通して飲むもの」と定義する。
範囲: アルゼンチン、国内法(2013年制定)
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —is_defined_in_regulation_as→ "『yerba mateという食品を基に調製された飲みもので、容器に入れ熱湯で湿らせ、bombilla(吸い管)を通して飲むもの』(Ley 26.871第2条。原文: "la infusión preparada en base al alimento de yerba mate, que colocada en un recipiente y mojada con agua caliente, es bebida mediante una bombilla")"同法は2013年7月3日に制定され、マテを「Infusión Nacional(国民的飲料)」に指定し、国の公式な文化・社会・スポーツ行事でその普及を図ることを定めている。ただしこれは法令の文言であり、実際の遵守状況や社会への浸透度までは記さない。
範囲: アルゼンチン、国レベルの公式行事
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_cultural_role_of→ "Ley 26.871(2013年7月3日制定)により「Infusión Nacional(国民的飲料)」に指定され、国の公式な文化・社会・スポーツ行事ではマテ国民飲料の表現とロゴを掲示し、その飲用と慣習の普及を図ることが定められている。"甘い・苦い・冷たい、淹れ方の分岐
アルゼンチンの資料は、mate amargo(無糖)・mate dulce(加糖)・夏場に伝統的な冷たい tereré という3つの型を並置して語る。同時に、若年層やスポーツ愛好者向けの新しい飲み方の広がりにも触れており、amargo が唯一の型として語られているわけではない。
範囲: アルゼンチン
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_variant→ "淹れ方の主要な型として、mate amargo(砂糖等を加えない苦いままの淹れ方)、mate dulce(砂糖を加える淹れ方)、そして夏場に伝統的な(乾燥・粉砕・包装のみで他成分を加えない)yerbaを用いる冷たいtereréが並置して語られる。同記事は、近代的なパッケージや若年層・スポーツ愛好者向けの新しい飲み方の広がりにも言及する。"消費量そのものは大きい。アルゼンチン国内90%超の家庭にマテがあり、年間一人当たり消費量は資料により約6.4kg、あるいは5.90kgから6.17kgへ増加という数値が報告される。総消費量316.1百万kg(国内275.8百万kg・輸出40.3百万kg)という数値もあるが、出典・調査方法の明記はなく、年度によって数値の幅がある。
範囲: アルゼンチン、家庭消費
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_perceived_frequency_of→ "アルゼンチン国内90%超の家庭にマテがあるとされ、年間一人当たり消費量は約6.4kg(Argentina.gob.ar)、5.90kgから6.17kgへ増加(INYM記事)といった数値が報告される。"国境を越えると、比率は変わる
チリの民族誌研究(Cayul & Pessoa, 2020)は、深層面接12件(2019年6-10月、20-90歳、サンティアゴ/オソルノ/カストロ/農村部)にもとづき、南部ロス・ラゴス州では共在の美学に基づく共同的な回し飲みとして語られる一方、サンティアゴでは技術化・個人化が進み、「中上流階級の良い趣味」を示す卓越化の一要素になっていると対比する。サンティアゴでの無糖のマテへの嗜好は健康主義や卓越化と結びつけて語られ、南部では砂糖や香草を加えないことを「正しい」マテ・アマルゴの規範として記す一方、甘さを好む者は甘味料で調整するとも記される。amargo という語自体が、無糖を指す慣用としても使われている点には注意が要る。
範囲: チリ(南部ロス・ラゴス州 対 サンティアゴ)
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_cultural_role_of→ "チリでの民族誌研究(Cayul & Pessoa, 2020)は、南部ロス・ラゴス州(オソルノ・カストロ等)では共在の美学に基づく共同的な回し飲みとして語られる一方、首都サンティアゴでは技術化・個人化が進み、新商品や新しい消費空間の登場に押されて『中上流階級の良い趣味』を示す卓越化(distinción)の一要素になっている、と対比する。"パラグアイ中央県の207名を対象にした調査(Figueroa et al., 2024)では、tereré 81.6%・mate(温かい淹れ方)69.1%・mate cocido(煮出し)80.2%が消費されると回答され、最も多い組み合わせは「mate+tereré+cocido」の併用(43.96%)だった。最も好まれた種類は薬草を配合したyerbaで、平均1.5リットル/日という数値が示される。同資料は、マテが砂糖を加える mate dulce と、そのまま苦く飲む mate cimarrón(amargo)に呼び分けられるとも記す。ただし非確率的サンプルであり、全国代表性はない。
範囲: パラグアイ中央県、大学生・被雇用者中心のサンプル(n=207)
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_reported_consumption_share_of→ "パラグアイ中央県の207名を対象にした調査(Figueroa et al., 2024)では、tereré 81.6%・mate(温かい淹れ方) 69.1%・mate cocido(煮出し) 80.2%が消費されると回答され、最も多い組み合わせは『mate+tereré+cocido』(43.96%)であった。最も好まれるyerbaの種類は『薬草を配合したもの(compuesta con hierbas medicinales)』(平均1.5リットル/日)であった。"ウルグアイの大学生649名を対象にした横断調査(Araújo, Barreto, Beltramelli、2021)では、実際にマテを飲む学生470名のうち94.7%がamargo(無糖)、4.0%がamargoとdulceの両方、1.3%がdulce(有糖)と回答した。出身地による差(内陸部93.6% 対 モンテビデオ97.5%)は統計的に有意ではなかった(p=0.142)。
範囲: ウルグアイ、モンテビデオの大学生(n=649、2021年)
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_reported_preparation_style_of→ "ウルグアイの大学生649名を対象にした横断調査(Araújo, Barreto, Beltramelli / Udelar栄養学部, 2021)では、実際にマテを飲む学生(n=470)のうち94.7%がamargo(無糖)、4.0%がamargoとdulceの両方、1.3%がdulce(有糖)と回答し、出身地(内陸部93.6% 対 モンテビデオ97.5%)による統計的有意差はなかった(p=0.142)。"一人で飲むか、誰かと飲むか
同じウルグアイの調査は、飲み方だけでなく誰と飲むかも尋ねている。マテを飲む学生の85.3%が「連れと一緒に」飲むと回答した一方、パンデミック前後の比較では「ひとりで」飲む割合が0.7%から14.7%へ増加し、「連れと一緒に」の割合は99.3%から85.3%へ減少した(p<0.001)。これは単一時点の遡及的な自己申告であり、パンデミックの影響だけを取り出した実験ではない。
同調査の背景記述では、マテはウルグアイの食文化を代表する慣習の一つとされ、幼少期から世代を超えて受け継がれる最も頻繁な習慣の一つと位置づけられる。
範囲: ウルグアイ
データを表示
ingredient-yerba-mate-infusion —has_cultural_role_of→ "ウルグアイの食文化を代表する慣習の一つとされ、幼少期から世代を超えて受け継がれる最も頻繁な習慣の一つと位置づけられる。原文(序論、Barreto 2006を引用): "representa a la cultura alimentaria uruguaya, siendo uno de los hábitos más frecuentes que se transmite de generación en generación desde edades muy tempranas"。"分かっていないこと
ここまでの資料は、マテが「誰と・どの淹れ方で・どれだけ」飲まれるかについては数値を積み上げている。だが「なぜマテの浸出液そのものが苦く感じられるのか」という受容体レベルの説明には、今回はたどり着けなかった。集まった受容体研究は、マテの成分そのものではなくグルタミン酸ナトリウム(MSG)を対象にしたもので、hTAS2R16を発現させたHEK293T細胞での実験では、MSGがサリシンなどへの苦味受容体応答に対し克服性拮抗として働いた。マテの浸出液や成分とは別の物質・別の受容体の話であり、ヒトの官能評価も行われていない。マテそのものの苦味がどの受容体を介するかは、このカードの外側に残る問いとして置く。
範囲: hTAS2R16を発現させたHEK293T細胞でのサリシン等へのカルシウム応答
注記: 細胞系の単一受容体。ヒト官能や料理全体での『うま苦い』を直接証明しない。
データを表示
compound-monosodium-glutamate —antagonizes→ receptor-tas2r16正直な注記
- ここに並べた消費量・比率の数値は、資料ごとに調査方法も年度も異なる。同じ国の中でも数値の幅があることを、そのまま残した。
- 「amargo」という語は、無糖の淹れ方を指す場合と、その地域での「正しい」マテのあり方を指す慣用として使われる場合がある。両方が同じ資料の中に出てくる。
- アルゼンチン・チリ・パラグアイ・ウルグアイの資料は、それぞれ別の調査主体・別のサンプルによるもので、南米全体を代表する一つの調査ではない。
- 本ノートは効き目や健康への作用を主張しない。受容体研究のカードも、マテの官能体験を証明するものではない。
よく問われること
マテは無糖(苦いまま)で飲むのが普通なのか
地域によって大きく異なる。ウルグアイの大学生を対象にした調査では、実際にマテを飲む学生の94.7%が無糖のamargoを選んだと回答している。一方パラグアイ中央県の調査では、tereré・温かいmate・煮出しのmate cocidoが併用され、無糖と有糖の呼び分けはあるが単一の答えにはならない。チリでも、南部とサンティアゴでは無糖を選ぶ理由づけそのものが異なると民族誌研究は記している。「苦いまま飲む」が一つの均質な習慣だと確認した調査は、この目録にはない。
マテはなぜ苦いのか(何の成分が苦いのか)
直接には確かめられていない。浸出液にはカフェイン・テオブロミン・テオフィリンといったプリンアルカロイドが含まれ、その含量はコーヒーに匹敵すると記載されているが、これは含有量の記述であり、どの成分がマテの苦味の主要な担い手かを直接測定した記述ではない。官能研究の側では、マテ茶浸出液はPROP溶液やコーヒーと並ぶ苦味カテゴリの飲料として扱われ、すするごとに苦味が強まる累積効果が確認されている。ただしこれは「マテは苦味飲料として扱われる」ことの確認であり、苦味を担う分子の特定ではない。マテそのものの苦味がどの受容体を介するかは、まだ測られていない。
関連する項目: マテ茶浸出液 /モノソジウムグルタメート
関連する研究ノート: 苦味はどう公認されるか /「苦い」が、褒め言葉になる場所
出典台帳: 出典一覧
この頁の引用のしかた
青木大(NIGAMI LAB)(2026). マテを「苦いまま」飲むということ. https://nigamilab.com/notes/mate-amargo/
主張ごとの固定リンクは各カードの #clm-… です。データは CC BY 4.0、配布は データを使う。 データセットの DOI: 10.5281/zenodo.22739101