研究ノート 037 — 2026-09-04
発酵は苦味を作ってから壊す——味噌・醤油・清酒
味噌も醤油も清酒も、麹菌が大豆やコメのタンパク質・配糖体を分解する発酵食品です。その分解は苦味を一方向に動かしません。同じ「麹菌が原料を分解する」という出発点から、醤油は大豆の配糖体を粕へ手放し、味噌はタンパク質分解の副産物を抱え込んだまま苦味を持ち、清酒は麹の酵素がコメのタンパク質を切り刻んで新しい苦味ペプチドを生み出し、そのあと精米・活性炭・酵素処理・貯蔵がその苦味をまた動かします。苦味は発酵という一つの工程の産物ではなく、系ごとに違う経路をたどる産物です。このノートは味噌・醤油・清酒を順に見ます。
このページの内容(9 節)
この頁でわかること
- 醤油では、大豆の配糖体がほぼすべて醤油粕へ移り、醤油そのものからはほとんど検出されないことが、一つの分析で確認されています(サポニンBbの分解率は68.7%)。
- 清酒では、麹の酵素がコメのグルテリンを分解して生まれる苦味ペプチドが5種、単離・同定されています。
- 味噌の苦味を担う物質そのものの化学的な同定は、まだ行われていません(八丁味噌ではタンパク質分解由来という説明が推論にとどまっています)。
- 精米や活性炭処理が清酒の苦味ペプチドをどれだけ減らすかは、品種や処理量によって効き方が変わることが複数の実験で示されています。
大豆は、はじめから配糖体の苦味と渋味を持っている
発酵が始まる前の大豆にも、すでに苦味と渋味の種があります。未加工の大豆から単離したイソフラボン配糖体(ゲニスチン・ダイジンなど)を官能検査にかけると、苦味を呈することが報告されています。
範囲: 未加工大豆から単離したイソフラボン配糖体(ダイジン・ゲニスチン等、官能検査)
注記: 大久保(1988)は大豆の主イソフラボノイドであるゲニスチン・ダイジンとそのアグリコン(ゲニステイン・ダイゼイン)について官能検査を行い、イソフラボノイド成分の呈味閾値が10⁻²〜10⁻³mMで強い収斂味と苦味を呈することを示した。
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compound-class-soy-isoflavone-glycosides —contributes_to→ sensation-bitter同じ単離成分は、弱い収斂味——渋味——も呈すると報告されています。苦味と渋味は別の感覚として、同じ配糖体から一緒に立ち上がります。
範囲: 未加工大豆から単離したイソフラボン配糖体(官能検査)
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compound-class-soy-isoflavone-glycosides —contributes_to→ sensation-astringent大豆にはもう一群、サポニンという配糖体もあります。全国味噌鑑評会に出品された味噌239点を調べた研究では、主サポニン成分の含量は味噌の種類によって差があり、豆味噌・辛口米味噌・甘口米味噌・甘味噌の順に高いという傾向が報告されています。
範囲: 全国味噌鑑評会出品味噌239点(豆味噌・米味噌・麦味噌・特殊味噌、乾物重量あたり)
注記: 工藤ほか(1992)は全国味噌鑑評会出品味噌239点の配糖体成分をTLC・HPLCで分析した。主サポニン成分Bb含量は豆味噌>辛口米味噌>甘口米味噌>甘味噌の順に高く、原料大豆の配合比率が高いほど高い傾向があった(ただし比例関係ではない)。一方、グループAサポニンは分析した239点すべての味噌で検出されず、部分脱アセチル化あるいは糖鎖の部分分解が推察されている。
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compound-class-soyasaponin-group-b —has_measured_content_in→ ingredient-miso醤油は配糖体を粕へ手放し、麹の酵素がそれを壊す
醤油になる過程で、この配糖体は消えるのではなく、行き先を変えます。原料大豆・出麹・醤油・醤油粕を調べた研究では、醤油そのものからは配糖体成分が検出されず、すべて醤油粕に移っていました。出麹と醤油粕にはサポニンのアグリコンに相当するバンドが検出されており、製麹の過程でこの配糖体を分解する酵素が働いていると考察されています。
範囲: 市販醤油の配糖体画分(TLC分析)
注記: 工藤ほか(1992)は原料大豆・出麹・醤油・醤油粕からそれぞれ配糖体画分を調製してTLCで比較し、醤油そのものには配糖体成分(サポニン・イソフラボン)が検出されず、その大部分が醤油粕へ移行することを示した。出麹と醤油粕にのみソヤサポゲノールBに相当するバンドが検出されたことから、製麹過程で大豆サポニンBグループをアグリコンへ分解する酵素が生産されていると推察されている。醤油粕のグループBサポニン総量は原料大豆の約2.5倍の濃度で、醸造過程での分解率はBbが68.7%、Abが33.0%と算定された。
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compound-class-soyasaponin-group-b —is_excluded_from→ ingredient-shoyu配糖体が粕へ抜けたあと、醤油に残る苦味は別の成分に語られています。市販の生しょうゆと火入れしょうゆを比較した研究の背景記述では、しょうゆの苦味はイソロイシンなど苦味を呈するアミノ酸やペプチド類に起因すると考えられており、この研究では苦味の指標として苦味アミノ酸であるフェニルアラニンの濃度が使われました。
範囲: 市販しょうゆ(今村・片山2017の官能評価用語の妥当性検討における背景記述)
注記: 今村・片山(2017)は官能評価の定量指標を選ぶ過程で「しょうゆの苦味は,isoleucineなどの苦味を呈するアミノ酸やペプチド類に起因すると考えられている」と述べ、苦味の定量分析指標として苦味アミノ酸であるフェニルアラニンを用いている。この記述は同論文が引用する先行文献(文献23、原著未確認の孫引き)に基づく背景説明であり、同論文自身が新たに苦味ペプチドを単離・同定したものではない。
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ingredient-shoyu —has_bitterness_attributed_to→ compound-class-bitter-peptidesそして醤油の苦味は、発酵が終わったあとの一工程でも動きます。同じメーカーの生しょうゆと火入れしょうゆを訓練パネルで比較したところ、火入れしょうゆの方が苦味・苦味の後味・渋味やえぐ味を強く示しました。
範囲: 市販生しょうゆ・火入れしょうゆ各6銘柄(同一6メーカー対)をQDA法(訓練パネル13名、女性32-62歳)で比較
注記: 今村・片山(2017)のQDAで、火入れしょうゆは生しょうゆよりも苦味・渋味えぐ味・苦味の後味の評価値が有意に高いか異なる傾向を示した(Wilcoxon符号付順位検定)。主成分分析でも苦味・渋味えぐ味・苦味の後味はPC1に強い正の負荷量(それぞれ0.95・0.94・0.93、寄与率69.3%)を示し、火入れしょうゆはPC1正方向に布置した。加熱殺菌工程そのものであり発酵工程自体の変化ではない点に留意。
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process-shoyu-hi-ire —increases→ sensation-bitter味噌の苦味は、大豆タンパク質が壊れてできる
味噌では配糖体ではなく、タンパク質分解の痕跡が苦味の主な語られ方です。八丁味噌をエーテルとブタノールで抽出した実験では、抽出前後の試料で苦味の強さに差が確認されましたが、苦味物質そのものの化学的な同定はされていません。ペプチドやアミンのような窒素化合物が原因という説明が従来からありますが、まだ確証はないという記述に留まります。
範囲: 八丁味噌(大豆単用の豆味噌)
注記: 石井(1966)は八丁味噌のエーテル・ブタノール抽出物が強い苦味(収斂味を伴う)を呈することを溶媒分画と官能試験で確認し、「八丁味噌の苦味は従来からペプチド,アミンのような窒素化合物によるといわれているが,まだ確証はない」と明記している。苦味物質そのものの化学的な単離同定はこの論文の時点では完了していない。
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ingredient-miso —has_bitterness_attributed_to→ compound-class-bitter-peptides同じ研究のむすびでは、八丁味噌の苦味は大豆成分の分解によって生成されるものであり、大豆タンパク質に由来すると考えられる、という推論的な結論が示されています。脂質の微量成分が影響している可能性も著者自身が併記しており、単一の原因には絞られていません。
範囲: 八丁味噌(大豆単用の豆味噌)の熟成過程
注記: 石井(1966)の結論部: 「八丁味噌の苦味はその成分上の特長から考えれば,大豆成分の分解により生成されるものであり,大豆蛋白に由来すると考えられるであろう」。著者自身が一般成分・アミノ酸組成分析から導いた推論的まとめであり、苦味物質の単離同定を伴わない。著者は他の味噌に比べ脂質が多いことから脂質微量成分の関与の可能性も併記している。
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ingredient-miso —derives_bitterness_in_part_from→ organism-glycine-max味噌一般については、可溶性窒素と全窒素の比が65%以上になると苦味を生ずる、という孫引きの経験則が記録されています。ところが同じ研究で八丁味噌の実測値はおよそ55%で、この基準を満たしていないにもかかわらず、すでに苦味があると著者は述べています。タンパク質分解の進み方を一つの比率だけで語れないことを、この不一致が示しています。
範囲: 味噌一般(原典は吉川1957の孫引き)。比較対象は八丁味噌の実測値
注記: 石井(1966)は「一般に味噌は可溶性窒素/全窒素の比が65%以上になると苦味を生ずるといわれている(吉川,醗工55,501(1957))」と紹介する一方、「八丁味噌ではこの比は大体55%であるがすでに苦味がある」と、一般則と実測値の不一致を同じ資料内で指摘している。吉川(1957)は孫引きで原典未確認。
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ingredient-miso —has_perceived_bitterness_associated_with→ "可溶性窒素/全窒素比が65%以上になること(味噌一般の傾向とされる報告)"タンパク質を酵素で分解すると苦味が生まれやすいこと自体は、味噌に限らず広く報告されています。総説は、酵素による加水分解で頻発する苦味を、主に疎水性アミノ酸からなる低分子量ペプチドの生成が理由だと総括しています。
範囲: 酵素による食品タンパク質加水分解物
注記: 「低分子量ほど苦い」ではない: 1000 Da 未満画分は最も苦味が弱い(Cho 2004, limits 参照)。
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compound-class-bitter-peptides —cause_bitterness_of_protein_hydrolysates→ "タンパク質の酵素加水分解で頻発する苦味は、主に疎水性アミノ酸からなる低分子量ペプチドの生成による(総説の総括)"清酒のペプチドは、麹が生み、精米・活性炭・酵素・貯蔵が動かす
清酒でも、苦味は原料そのものではなく分解の産物として生まれます。蒸米タンパク質は清酒の醪の中で麹菌の酵素によって消化され、コメのグルテリンの酸性サブユニットから、N末端側に特徴的な構造を持つオリゴペプチドが生成し、清酒の呈味に関与している可能性が示されています。
範囲: 蒸米(コメ)タンパク質のグルテリン酸性サブユニットが清酒醪中で麹菌由来酵素により消化され,N末端側にピログルタミル基を持つ特徴的なオリゴペプチド(苦味ペプチド)が生成し,清酒の呈味に関与している可能性が示された。
注記: 橋爪克己(2008)による解説。原料米変異体4系統(esp1-4)とその親株(日本晴・山田錦)を用いた蒸米消化試験、および市販純米酒から単離した苦味ペプチド標品の分子構造解析・官能評価に基づく。
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ingredient-sake —has_bitterness_generated_by→ compound-class-sake-glutelin-peptidesこのペプチドがどんな構造を持つに至るかには、麹発酵に共通する一つの化学反応が関わっています。麹菌の酵素分解で遊離したグルタミン残基は、加熱や熟成の途中で自発的にピログルタミン酸へ環化することがあり、この反応はペプチドのN末端でも起こります。清酒の中には短鎖のピログルタミルペプチドが同定されています。
範囲: 麹発酵調味食品(味噌・醤油・清酒等)では、麹菌の酵素分解で遊離したグルタミン(Gln)、あるいはペプチドN末端のGln残基が、加熱または熟成中に自発的にピログルタミン酸(pyroGlu)へ環化する。清酒中にはpyroGlu-Leu, pyroGlu-Gln等の短鎖ピログルタミルペプチドが同定されている(第1表)。
注記: 鄭ほか(2022)総説pp.6-8。橋爪(2008)が単離した清酒苦味ペプチドも同じくN末端にピログルタミル基を持つことから、機構の一般的背景として引用する。ただし鄭ら(2022)が列挙するpyroGlu-Leu等の短鎖ペプチド自体を『苦味』と述べる記述は当該総説中に見当たらないため、苦味の直接根拠としては用いない(evidence の relation は contextualizes とする)。
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compound-class-sake-glutelin-peptides —has_biosynthesis_controlled_by→ "麹菌酵素によるタンパク質分解、およびペプチドN末端グルタミン残基のピログルタミン酸(pyroGlu)への非酵素的環化"実際に単離・同定されたのは、N末端にピログルタミル基を持つ5種のオリゴペプチドで、いずれもコメのグルテリン酸性サブユニットのN末端配列に由来していました。
注記: 橋爪(2008)第3表・第3図。純米酒(山田錦70%精米)からの逆相HPLC分取・精製標品。
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compound-class-sake-glutelin-peptides —has_composition→ "単離同定された5種のピログルタミル(<Q)オリゴペプチド: <QLFNPS(計算質量687.0/実測688.5, LC-MS), <QLFNPSTNP(999.1/1000.4), <QLFNPSTNPWH(1322.4/1323.6, MALDI-TOF-MS), <QLFNPSTNPWHSP(1506.6/1507.7), <QLFGPNVNPWHNP(1501.6/1502.7)。いずれも米グルテリン酸性サブユニット(31-32kDa)のN末端配列に由来する。"これらのペプチドを精製・合成して調べると、検知閾値・認知閾値はペプチドごとに異なり、呈味の特徴も「苦味,不快な後味」「苦味,エグ味」「エグ味,苦味,雑味」などピークごとに違うと報告されています。
注記: 橋爪(2008)第5表。15%エタノール溶液に溶解した精製標品の評価。
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compound-class-sake-glutelin-peptides —has_bitter_recognition_threshold→ "精製単離ペプチド5種(ピーク9,13,17,18,20)の検知閾値0.02-0.18mM、認知閾値0.08-0.66mM(評価者6名の幾何平均)。呈味の特徴はピーク毎に『苦味,不快な後味』『苦味,エグ味』『エグ味,苦味,雑味』等異なる。清酒中濃度/認知閾値の指標(呈味への寄与の目安)は6-60の範囲。"このペプチド苦味は、生まれたあとも一定ではありません。精米歩合を段階的に変えた蒸米で消化試験を行うと、ある品種では精米歩合が下がるほど高分子ペプチドの生成量が減る傾向が見られましたが、別の品種ではその傾向が見られませんでした。精米が苦味の元を減らすかどうかは、品種によって答えが変わります。
範囲: 精米歩合を90-40%に段階的に調製した3品種の蒸米消化試験で、日本晴では精米歩合が低下する(高精米になる)につれて高分子ペプチド量が減少する傾向が見られたが、山田錦・五百万石ではそのような傾向は見られなかった。
注記: 橋爪(2008)第4図。精米歩合と苦味ペプチド生成の関係は原料米品種に依存し、一様ではないことを示す実測データ。麹菌(RIB128株)による消化試験(pH4.3, 37℃, 1-2日静置)に基づく。
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compound-class-sake-glutelin-peptides —are_not_uniformly→ "精米歩合(90-40%)による蒸米タンパク質消化物中の高分子ペプチド生成量の変化"醸造後の処理でも、この苦味ペプチドは動きます。活性炭素処理の量を増やすほど清酒中のペプチド濃度は低下し、無処理の大吟醸・純米より、活性炭を多く使う市販の普通酒の方が低い濃度になっていました。
範囲: 活性炭素処理量(200/500/1000 mg/l)を増やすほど清酒中のペプチド濃度(ピーク13,17,18,20)は低下し、1000mg/l処理では大部分が検出限界未満になった。無処理の大吟醸(2001-2004年産,精米歩合40%)ではピーク13が10.5-12.1mMだったのに対し、市販普通酒A-Cでは0.8-3.5mMと低かった(活性炭使用量が多い普通酒ほど低い傾向と整合)。
注記: 橋爪(2008)第4表。平均値±標準偏差(3回測定)。
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compound-class-sake-glutelin-peptides —is_reduced_by→ "活性炭処理"酵素を使った処理では、苦味を減らす効果とそれ以外の変化がセットで起きることが報告されています。高い酸性カルボキシペプチダーゼ活性を持つ酵素剤の添加は苦味ペプチドを低下させましたが、別の酵素剤ではまた別のペプチドが増加しており、酵素の選び方によって清酒の呈味への効果は変わります。
範囲: 令和4年における酒類の研究業績(醸協118巻4号p.220)が紹介する橋爪ら(発表年未確認、原著未読了)の要旨によれば、高いACP活性を持つペプチダーゼ剤の添加は清酒の苦味ペプチドを低下させ,(pGlu)L-エチルを増加させたと報告されている。一方、(pGlu)ペプチドエチルエステル生成活性が高くACP活性が低い酵素剤の添加では、清酒中の(pGlu)LF-エチル及び(pGlu)LFNP-エチルが増加し((pGlu)L-エチルは増加せず),これらオリゴペプチドエチルエステルの増加が清酒の味わいに良い効果を与えることが示唆されたと報告されている。同誌p.233の橋爪ら別報要旨は,カルボキシペプチダーゼ型活性を示す酵素について『苦味ペプチドの低減に寄与する一方で,呈味の優れないジペプチドの生成に関わる』と明記しており,苦味低減にも品質面のトレードオフが伴いうることを示唆する。
注記: 原著未読了。抄録誌(編集部による要約)からの二次引用。同一のペプチド系統に対する酵素処理でも、『苦味ペプチドの低減=望ましい』という扱いと、『エステル化誘導体の増加=味わいに良い効果』という扱いが併存しており、苦味に対する扱いの二面性を示す一例として収載する。ACP活性が高い酵素剤の添加自体も苦味ペプチド低下と(pGlu)L-エチル増加という二面的な効果を伴う(醸協118(4)p.233の橋爪ら別報要旨も参照)。
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compound-class-sake-glutelin-peptides —has_bitterness_quality_reduced_by→ "高い酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)活性を持つペプチダーゼ剤の清酒への添加"そして貯蔵という時間そのものも、苦味を動かします。清酒の貯蔵に伴う香味変化を表す評価用語をまとめた表では、火入れ(加熱殺菌)した清酒の貯蔵に伴って増加する味として苦味が挙げられている一方、同じ表の生酒(火入れ前)の項目には苦味の増減は記載されていません。
範囲: 宇都宮ほか(2006)第4表(清酒の貯蔵に伴う香味変化を表す評価用語)により,火入れした清酒では貯蔵に伴い味『苦味,刺激味(なめらか)』が増加し,『渋味,刺激味(あらい)』が減少するとされる。同表の生酒(火入れ前)の項目には苦味の増減は記載されていない。
注記: 老香・生老香を除く貯蔵香味変化表(第4表)に基づく。生酒と火入れ酒とで貯蔵に伴う苦味の挙動が書き分けられている点に注意。
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ingredient-sake —has_perceived_bitterness_affected_by→ "増加:火入れ(加熱殺菌)した清酒の貯蔵"雑味という言葉は、苦味を含みながら苦味だけではない
清酒の香味を語る言葉の中には、苦味そのものではなく苦味を含む複合語もあります。「雑味」は、苦味・うま味・渋味・その他口あたりが不快な味という複合的感覚および主観的感覚として定義されています。
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concept-zatsumi —is_defined_as→ "苦味,うま味,渋味及びその他口あたりが不快な味という複合的感覚及び主観的感覚(宇都宮ほか2006の用語体系における操作的定義)"この定義の中に、苦味は構成要素の一つとして明記されています。
注記: 宇都宮ほか(2006)の操作的定義(苦味・うま味・渋味及びその他口あたりが不快な味)に基づく、雑味と苦味の関係の明示的な接続。
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concept-zatsumi —includes→ sensation-bitterところが清酒の香味品質評価用語体系を取りまとめた研究では、雑味は複合的・主観的な感覚が強いという理由で、標準見本を持つ用語のリストからは除外されています。
範囲: 『雑味』は,現在一般的に使用されている用語だが,『苦味,うま味,渋味及びその他口あたりが不快な味』という複合的感覚及び主観的感覚が強いため,この用語体系からは除外した。
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concept-zatsumi —is_excluded_from→ "宇都宮ほか(2006)清酒香味品質評価用語体系の標準用語(第1表の86用語)"一方で、清酒の苦味ペプチドを発見した研究の考察では、「タンパク質レベルが高い原料米で造った清酒には雑味が多い」というこれまで漠然と捉えられていた経験則の理由の一端を、タンパク質レベル——グルテリン由来苦味ペプチドの生成——でとらえることができたとまとめられています。用語体系からは除外された雑味と、化学的に同定された苦味ペプチドが、ここで結び付けて語られています。
範囲: 『タンパク質レベルが高い原料米で造った清酒には雑味が多い』という,これまで漠然と捉えられていた経験則の理由の一端を,タンパク質レベル(グルテリン由来苦味ペプチドの生成)でとらえることができたと著者は考察している。
注記: 橋爪(2008)おわりに(p.579)の記述。著者自身の解釈的まとめであり、業界で語られてきた経験則を苦味ペプチドの生成機構で説明づける言説として扱う。因果を統計的に確立した実験ではなく、考察部分の言明である点に留意。
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concept-zatsumi —is_associated_with→ compound-class-sake-glutelin-peptides苦味そのものには、標準見本を伴う用語が別に用意されています。用語「苦味」の標準見本にはチロソールが充てられ、弁別閾値・標準添加量・清酒中の含有量が数値で示されています。
範囲: 用語体系のクラス『13.苦味』/用語『苦味』は定義『苦い』とされ,標準見本にチロソール(2-(4-Hydroxyphenyl)ethyl alcohol, TCI 98%+)を充てる。弁別閾値(検知)1.4g/l,標準添加量4.9g/l,清酒中の含有量70-90mg/l。
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ingredient-sake —has_standardized_vocabulary_entry_in→ "宇都宮ほか(2006)の清酒香味品質評価用語体系(酒類総合研究所が日本酒造組合中央会・灘酒研究会・伏見醸友会の協力を得て取りまとめ)"正直な注記
- 八丁味噌の苦味物質そのものは化学的に同定されておらず、タンパク質分解由来という結論は推論の域を出ません。
- 清酒の苦味ペプチドの評価者は6名という小規模なパネルであり、精米歩合の実験は3品種のみの比較です。
- 味噌一般の可溶性窒素比65%という基準は孫引きであり、原典の測定条件は追跡できていません。
よく問われること
味噌はなぜ苦味を感じることがあるのか
八丁味噌をエーテルとブタノールで抽出した実験では、抽出前後で苦味の強さに統計的な差が確かめられていますが、苦味を生む物質そのものはまだ同定されていません。窒素化合物(ペプチドやアミン)が関わるという見方は古くからあるものの、著者自身が「まだ確証はない」と明記しており、脂質の影響も別途指摘されています。同じ研究は、味噌一般で語られる「可溶性窒素比65%を超えると苦味が出る」という目安も紹介していますが、実測した八丁味噌の比率はおよそ55%にとどまるにもかかわらず、すでに苦味があると記しています。味噌の苦味はタンパク質の分解に関わると考えられていますが、原因物質の特定そのものにはまだ至っていません。
清酒の苦味はどこから来るのか
清酒のもとになる蒸米タンパク質は、醪の中で麹菌の酵素によって分解され、コメのグルテリンの一部からピログルタミル基を持つ苦味ペプチドが生まれることが確認されています。単離された5種のペプチドは検知閾値や認知閾値がそれぞれ異なり、苦味の質も「苦味,エグ味」など試料ごとに違うと報告されています。精米歩合を変えた実験ではペプチドの生成量が減る品種と減らない品種があり、精米だけで苦味が一様に下がるとは言えません。活性炭処理や酵素剤の添加でペプチド濃度を下げられることも確かめられていますが、どの処理を選ぶかによって残る呈味は変わります。
分かっていないこと
- 八丁味噌の苦味を担う物質そのものは、化学的に同定されていません。
- 味噌一般に引かれる「可溶性窒素比65%」という目安は孫引きであり、元になった測定条件を確かめる資料は見つかっていません。
- 清酒の苦味ペプチドの官能評価は6名という小規模なパネルにとどまり、精米歩合の実験も3品種のみの比較で、他の品種にそのまま一般化できるかはまだ確かめられていません。
- 高いACP活性を持つ酵素剤に関する報告は、原著論文そのものを確認できておらず、抄録の孫引きにとどまっています。
関連する項目:味噌 /醤油 /清酒 /苦味ペプチド /清酒のグルテリンペプチド /雑味 /大豆イソフラボン配糖体
関連する主題ハブ: 苦味・渋味・えぐみ
関連する研究ノート: 料理は苦味を編集する /苦味には、時計がある
出典台帳: 出典一覧
この頁の引用のしかた
青木大(NIGAMI LAB)(2026). 発酵は苦味を作ってから壊す——味噌・醤油・清酒. https://nigamilab.com/notes/fermentation-writes-and-erases-bitterness/
主張ごとの固定リンクは各カードの #clm-… です。データは CC BY 4.0、配布は データを使う。 データセットの DOI: 10.5281/zenodo.22739101