研究ノート 050 — 2026-09-04
トニックウォーターとキニーネ——苦味に上限を置く飲み物
トニックウォーターの苦味は、キニーネという一つの化合物によって作られている。多くの苦い飲食物と違うのは、この含量に、国ごとに違う形の上限が置かれていることである。実測された市販品の濃度はその上限より下にとどまり、上限そのものは米国・オーストラリア・ニュージーランド・欧州連合・日本でそれぞれ違う仕組みをとる。ある国は一つの数値を法律に書き、別の国は同じ数値を二つの表に重ねて載せ、また別の国は数値ではなく表示義務だけを課し、名簿への収載だけにとどめる国もある。キニーネという化合物自体は、キナ樹皮という原料から19世紀に取り出されたもので、樹皮のままの時代にも複数の飲み方が残っている。このノートは、含量の上限・実測値・単離の歴史・キナ樹皮が残る他の飲み物という順に、出典に書かれている範囲だけを並べる。
このページの内容(8 節)
この頁でわかること
- トニックウォーターの苦味はキニーネという一つの化合物の含量として扱われており、市販2銘柄の実測値は米国の法的上限を下回ることが一つの調査で確かめられている。
- 含量の上限を定める形は国ごとに違い、数値そのものを法律に書く国、同じ数値を二つの表に重ねる国、表示義務だけを課す国、名簿への収載にとどめる国があると資料は記す。
- キニーネがキナ樹皮から取り出されたのは19世紀とされ、それ以前のキナ樹皮は煎剤やキナ入りワインなど複数の形で扱われていたと一つの百科事典は記す。
- トニックウォーターとジンを組み合わせる飲み方の由来そのものを直接語る資料は、まだ見つかっていない。
トニックウォーターの苦味は、キニーネで作られる
トニックウォーターは、キニーネ(塩酸塩・硫酸塩)を苦味付与の目的で加えた炭酸飲料である。この一点に絞ると、トニックウォーターという飲み物の苦味は、単一の化合物の含量として扱えることになる。
範囲: 米国市場の市販トニックウォーター(無希釈)。蛍光分光法による実測
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ingredient-tonic-water —is_bittered_with→ compound-quinine実測値は、上限より下に留まる
実際に売られている銘柄では、キニーネの含量が測定されている。米国市場の2ブランドを蛍光分光法で測った報告では、無希釈のキニーネ濃度はCanada Dryで64.60 ± 3.66 ppm、Schweppesで64.50 ± 2.68 ppmだった。同じ報告は、市販トニックウォーターの典型的な濃度をおよそ25-60 ppmの範囲としても引いている。
範囲: 米国市場のトニックウォーター2ブランド、無希釈。外部標準を用いる蛍光分光法(ex 350 nm / em 450 nm)。学生グループ5反復
注記: 両値とも米国の上限 83 ppm より約22%低い(比較はこちらの算術による導出。論文自体は最大許容濃度未満とだけ述べる)。教育プロトコルの文脈であり、市場調査ではない。
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compound-quinine —has_measured_concentration_in_commercial_tonic_water_of→ "64.60 ± 3.66 ppm(Canada Dry)および 64.50 ± 2.68 ppm(Schweppes)。引用された市販品の典型範囲 ~25-60 ppm に対して"この実測値を、米国の法的な上限と並べることができる。米国の規則は、炭酸飲料の香料として使うキニーネの上限をキニーネ換算で83 ppmと定め、ラベルでの表示も義務づけている。実測された64.5-64.6 ppmという値は、この83 ppmという上限のおよそ20-25%下にとどまる。
範囲: 米国。炭酸飲料の香料として使用される塩酸キニーネまたは硫酸キニーネ(21 CFR 172.575)
注記: 法的な許可と上限であり、官能的・毒性学的閾値ではない。
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compound-quinine —is_permitted_in_us_carbonated_beverages_up_to→ "キニーネとして 83 ppm、かつラベル表示義務あり"上限の形は、国によって違う
含量の上限をどう定めるかは、国によって仕組みが違う。オーストラリア・ニュージーランドの規格では、トニックドリンク・ビタードリンク・キニーネドリンクで100 mg/kg、ワインベース飲料と低アルコールワインで300 mg/kg、他に分類されない混合アルコール飲料で300 mg/kgという上限が定められている。
範囲: オーストラリア・ニュージーランド。Food Standards Code Schedule 19 の S19-6(1)(天然毒性物質の最大水準)
注記: 法的上限であり、官能的・毒性学的閾値ではない。同じ数値水準が Schedule 15 に添加物の最大許容水準として登場する(二重収載。文脈化の evidence を参照)。
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compound-quinine —has_au_nz_maximum_levels_of→ "トニックドリンク・ビタードリンク・キニーネドリンクで 100 mg/kg。ワインベース飲料と低アルコールワインで 300 mg/kg。他に分類されない混合アルコール飲料で 300 mg/kg"同じ100 mg/kgと300 mg/kgという数値は、食品添加物として使用を許可する表にも、項目番号つきで重ねて登場する。
範囲: オーストラリア・ニュージーランド。Food Standards Code Schedule 15(食品添加物として使用できる物質)、Compilation No. 16(2026-04-30)
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compound-quinine —is_permitted_as_food_additive_in_au_nz_up_to→ "水ベース香味飲料のうちトニックドリンク・ビタードリンク・キニーネドリンクに限り 100 mg/kg(項目 14.1.3)。ワインベース飲料・低アルコールワイン(14.2.3)および項目 14.2 に含まれないアルコール飲料(14.3)で 300 mg/kg"欧州連合の規則は、上限の数値ではなく表示義務という形をとる。食品の製造や調製で香料として使うキニーネは、原材料一覧の中で名前を明記しなければならないと定められている。数値としての上限そのものを設ける条文は、この規則の枠組みには見当たらない。
範囲: 欧州連合。Regulation (EU) No 1169/2011 Annex VII Part D point 3(条文の文言に基づく)
注記: EU レベルの手段は表示義務。Regulation (EC) 1334/2008 Annex III Part B の原文に EU 全域のキニーネ数値上限は見つからなかった(文脈化の evidence を参照)。加盟国またはカテゴリ別の規則は別途存在しうる。
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compound-quinine —must_be_named_in_eu_ingredient_list_when_used_as_flavouring→ "食品の製造または調製で香料として使用されるキニーネおよび/またはカフェインは、原材料一覧中で「香料」の語の直後に名称を明記しなければならない"日本の扱いは、名簿への収載にとどまる。既存添加物名簿には「キナ抽出物」が品目名と定義つきで収載されているが、使用できる食品の範囲や使用量そのものを定める基準は、この名簿には書かれていない。
範囲: 日本; 既存添加物名簿(平成8年4月16日厚生省告示第120号)
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ingredient-cinchona-extract —is_listed_in_japan_existing_food_additives_list→ "第83号「キナ抽出物(アカキナの樹皮から得られた、キニジン、キニーネ及びシンコニンを主成分とするものをいう。)」"数値の上限を持つ国、数値を二重に持つ国、表示義務だけを課す国、収載だけにとどめる国——同じキニーネという一つの化合物をめぐって、含量の扱い方はここまで分かれている。
樹皮から、キニーネという一点を取り出す
キニーネという一つの化合物が表舞台に立つ前には、キナ樹皮という原料の歴史がある。ある百科事典は、欧州でのキナ樹皮の歴史を17世紀初頭に始まるものと記し、López将軍が粉末をチンチョン伯爵夫人に送ったという1638年の逸話を、『伯爵夫人の粉』という通称とともに伝えている。同じ記述は、イエズス会による普及にも触れている。
範囲: Treccani百科事典 china項(Enciclopedia Italiana)
注記: 『La storia della china comincia solo al principio del sec. XVII』の言い換え。逸話の史実性そのものを検証する資料ではなく、百科事典が記す伝来史として収載。
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ingredient-cinchona-extract —has_discovery_history→ "Treccani百科事典は、欧州におけるキナ樹皮の歴史が17世紀初頭に始まるとし、López将軍が粉末をチンチョン伯爵夫人に送った1638年の逸話(『伯爵夫人の粉』の通称)と、イエズス会による普及を記している。"この樹皮からキニーネという一つの化合物を取り出したのは、19世紀に入ってからである。1820年、フランスの化学者PelletierとCaventouがキナ樹皮からキニーネ(chinina)とシンコニン(cinchonina)を見つけたと記録されている。
範囲: Treccani百科事典 china項(Enciclopedia Italiana)
注記: 化学史の記述として収載。単離手法や収率等の技術的詳細は当該百科事典項目からは未確認。
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compound-quinine —has_discovery_history→ "Treccani百科事典は、1820年にフランスの化学者PelletierとCaventouがキナ樹皮からキニーネ(chinina)とシンコニン(cinchonina)を発見したと記している。"化合物として取り出される前のキナ樹皮は、樹皮のまま複数の剤形に姿を変えて扱われていた。煎剤・エリキシル・チンキ剤とともに挙げられる剤形の一つが、キナ入りワインという意味の名を持つヴィーノ・キナートである。単一の化合物として取り出す前のキナ樹皮が、飲み物という形をすでにとっていたことになる。
範囲: Treccani百科事典 china項(Enciclopedia Italiana)
注記: 【言説注記】『eupeptico』『刺激剤』『健胃剤』は辞典(古いEnciclopedia Italiana項目)の分類記述の言い換えであり、当プロジェクトが薬理効果を検証・主張するものではない。既存ingredient-cinchona-extract(日本の既存添加物名簿定義)とは資料の性格が異なるため、object_entity_idで接続しつつ記述を混同しない。
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ingredient-vino-chinato —is_defined_in_dictionary_as→ ingredient-cinchona-extractキナは、他の苦い飲み物にも残っている
キナ樹皮という原料は、トニックウォーター以外の苦い飲み物にも残っている。カクテル用の芳香ビターズを扱う資料は、核となる苦味付け原料の一つとしてキナ樹皮を挙げている。
範囲: カクテル用芳香ビターズ一般
注記: 参考書項目の一般的記述であり、個別銘柄の配合を示す分析値ではない。既存entity ingredient-cinchona-extract(日本の既存添加物名簿定義)とは資料の性格が異なるため、object_entity_idで接続しつつ記述は混同しない。
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ingredient-aromatic-bitters —is_flavoured_with→ ingredient-cinchona-extract個別の銘柄でも、原料としてキナ樹皮が名指しされる例がある。アペロールの公式FAQは、原料の一つとしてゲンチアナとともにキナを明記している。トニックウォーターの外でも、キナ樹皮という原料そのものは名前を変えながら残っていることになる。
範囲: Aperol公式FAQ(企業自身の語り)
注記: 既存ingredient-cinchona-extractへ接続。既存compound-quinineとの直接の含有関係はAperol公式ページからは確認できない(キナ樹皮=quinineという一般知識での接続はここでは行わない)。
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ingredient-aperol —is_flavoured_with→ ingredient-cinchona-extract分かっていないこと
- トニックウォーターとジンを組み合わせる飲み方そのものを直接語る資料は、ここで読めた範囲には見当たらない。キナ樹皮が芳香ビターズやアペロールといった他の苦い飲み物にも残っている、という並びまでしか書けない。
- オーストラリア・ニュージーランドの規格で、同じ100 mg/kgと300 mg/kgという数値が天然の物質を扱う表と食品添加物を扱う表の両方に載っている理由について、規則の本文自体はこの重なりに触れていない。
- ヴィーノ・キナートを含む剤形の記述は、1930年代版の百科事典に由来するもので、現在の分類とは異なる可能性がある。
- 欧州連合の規則に数値としての上限が見当たらないことは、読めた条文の範囲での不在であって、他の枠組みにまで確認を広げたものではない。
よく問われること
トニックウォーターにはどれくらいキニーネが入っているか
米国市場のトニックウォーター2銘柄を蛍光分光法で測った報告では、無希釈のキニーネ濃度はCanada Dryで64.60±3.66 ppm、Schweppesで64.50±2.68 ppmだったと記録されている。同じ報告は、市販トニックウォーターの典型的な濃度をおよそ25から60 ppmの範囲としても引用している。この測定は学生グループによる5反復の教育目的のプロトコルで行われたもので、2銘柄のみの結果であり、市場全体を調べた調査ではない。米国の規則が定める上限は83 ppmで、実測値はこれを下回っている。
キニーネの含有量には上限があるのか
上限の定め方は国によって違う。米国の規則は炭酸飲料に使うキニーネの上限をキニーネ換算で83 ppmと定め、表示義務も課している。オーストラリア・ニュージーランドの規格は、トニックドリンクなど特定の飲料区分で100 mg/kg、ワインベース飲料などで300 mg/kgという上限を、性質の異なる二つの表それぞれに定めている。欧州連合の規則には数値としての上限は見当たらず、原材料一覧での表示義務だけが定められている。日本では、キナ抽出物が既存添加物の名簿に品目として収載されているが、使用量そのものを定める基準はこの名簿には書かれていない。
関連する項目:トニックウォーター /キニーネ /キナ抽出物 /ヴィーノ・キナート /芳香ビターズ /アペロール
関連する研究ノート: 薬の苦味と、飲めるということ /人はどれだけ薄い苦味に気づくか——閾値の地図 /二十五の苦味受容体は、何を分担しているか /苦味はどう公認されるか——制度の中の苦味
出典台帳: 出典台帳
この頁の引用のしかた
青木大(NIGAMI LAB)(2026). トニックウォーターとキニーネ——苦味に上限を置く飲み物. https://nigamilab.com/notes/tonic-water-quinine/
主張ごとの固定リンクは各カードの #clm-… です。データは CC BY 4.0、配布は データを使う。 データセットの DOI: 10.5281/zenodo.22739101