研究ノート 052 — 2026-09-04
柑橘の皮——陳皮・ゆず・マーマレードに残る苦味
柑橘の苦味というと、搾った果汁のリモニンやナリンギンに目が向きがちだが、皮そのものに残る苦味には別の記録のされ方がある。乾燥させた皮は生薬として性状が書かれ、加工に回された皮は規格の中で扱われ方が定義される。同じ柑橘でも、果汁の苦味と皮の苦味は別の資料に、別の言葉で書き留められている。ここでは陳皮の薬局方の記述、ゆずの皮がマーマレードの工程で辿る変化、そして皮を受け入れる国際規格を順に見ていく。名前だけが先に立って裏づけの主張にたどり着けない皮の加工品があることも、そのまま記す。
この頁でわかること
- 日本薬局方は陳皮を「味は苦くて、僅かに刺激性」と性状に明記しており、ウンシュウミカンなど成熟果皮を基原と定義し、乾燥物あたりヘスペリジン4.0%以上という規格を定めている。
- 陳皮の熟成は3年以上を要する生物変換の過程で、熟成が進むほどフラボノイド組成が変わっていくことが分析で確かめられている。
- ゆずの皮を使ったマーマレードでは、水に浸けて加熱する工程でナリンギンが63〜76%低下する一方、苦いノミリンはむしろ増えることが一つの研究で測られている。
- 官能で感じる苦味とノミリンの量が対応することは13名のパネルによる一つの研究で確かめられているが、他の柑橘・工程にそのまま広げられるかはまだ分からない。
陳皮は、日本薬局方でどう書かれているか
陳皮という生薬は、乾燥させた柑橘の皮そのものである。その基原には、ウンシュウミカンの成熟果皮が挙げられている。
範囲: 日本薬局方のチンピ各条
注記: 同各条が本種の成熟果皮をチンピの基原として記す。
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organism-citrus-unshiu —provides_material_for→ ingredient-chenpi-jp-pharmacopoeia日本薬局方はさらに、Citrus reticulata Blanco の成熟果皮も基原として併記する。基原は一つの種に閉じていない。同じ「陳皮」という一条の下に、複数の種の果皮が並んで基原に挙げられている。
範囲: 日本薬局方のチンピ各条
注記: 薬局方上の生薬基原の記録であり、食用乾燥ミカン皮全般の分類ではない。
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ingredient-chenpi-jp-pharmacopoeia —is_mature_peel_of→ organism-citrus-unshiu成分の規格としては、換算した乾燥物に対しヘスペリジン4.0%以上という定量基準が置かれている。これは品質を測る下限であって、苦味の強さを測る数値ではない。基原が複数種にまたがる分、含量を一本の数字で縛ることで生薬としての同一性を確保している、とも読める。
範囲: 日本薬局方のチンピ規格
注記: 規格下限であり、市販品・自製品の平均含量や含量分布ではない。
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ingredient-chenpi-jp-pharmacopoeia —contains→ "換算した乾燥物に対しヘスペリジン 4.0%以上"一方、性状の記述には苦味そのものが言葉として現れる。日本薬局方は陳皮の味を「苦くて,僅かに刺激性」と記す。これは五感で確かめられる性状の項に書かれた記述であり、成分規格とは別の軸にある。
範囲: 日本薬局方の生薬性状
注記: 原文は「味は苦くて,僅かに刺激性」とする。食品の官能パネルによる強度測定ではない。
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ingredient-chenpi-jp-pharmacopoeia —has_sensory_attribute→ sensation-bitter薬局方の外側でも、陳皮は書かれ続ける
日本薬局方が性状と定量規格だけを書くのに対し、中医学の資料は陳皮をもっと広い分類の中に置く。性味分類では、陳皮は温性で辛味と苦味を併せ持つものとして扱われ、脾・肺の経に結びつけられる。
範囲: 中医学の伝統分類
注記: 官能測定ではなく伝統分類。苦味 DB 上は文化的位置づけとして保持。
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ingredient-chenpi-cn-aged —is_classified_by→ "中医学の性味分類で温性・辛苦味(帰経は脾・肺)"陳皮には熟成という工程も記録されている。熟成を複雑な生物変換の過程と位置づけ、最低3年という期間が挙げられており、フェノール酸が漸進的に蓄積するという見方と結びつけられている。乾燥させて終わりではなく、時間の経過そのものが工程の一部として書かれている。
範囲: 陳皮(Citri Reticulatae Pericarpium)
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ingredient-chenpi-cn-aged —is_produced_through→ process-chenpi-agingその熟成を経た陳皮の総フラボノイド量は36.24から88.64 mg/gの幅で報告され、そのうちヘスペリジンが71〜92%を占める。品種・産地・熟成年数の違いを均した単一の値ではなく、幅として記録されている。
範囲: 陳皮
注記: ヘスペリジン自体は苦味配糖体ではない(苦いのはナリンギン系)。苦味帰属はこの claim では主張しない。
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ingredient-chenpi-cn-aged —contains→ "総フラボノイド 36.24〜88.64 mg/g。ヘスペリジンが総フラボノイドの71〜92%を占める"皮の苦味は、陳皮だけのものではない
苦味フラバノン配糖体は陳皮に限らない。ビターオレンジでは、葉・花蕾・果実のいずれの器官でもネオヘスペリジンの水準がナリンギンを上回ることが記録されている。花蕾をさらに器官別に分けると、この比は花托で0.98、柱頭で3.83まで開きがあり、花弁は比自体が低くても花全体重量の42.34%を占めるため寄与は小さくない。
範囲: C. aurantium の器官別・発達段階別の定量(果皮を含む果実)
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ingredient-bitter-orange-peel —contains→ compound-neohesperidinマーマレードの規格は、皮を苦味ごと受け入れる
国際規格の上でも、柑橘マーマレードは果皮を含めた素材の使用を前提に定義されている。Codexは、果実全体・果肉・ピューレ・果汁・水抽出物・果皮などを使用しうる製品として柑橘マーマレードを定義する。苦い皮を排除する規格ではなく、皮を使うことを織り込んだ規格になっている。
範囲: Codex CXS 296-2009(2025年改訂)
注記: 規格上の製品定義。苦味の有無や好ましさを示すものではない。
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seasoning-citrus-marmalade —is_defined_in_codex_as→ "柑橘果実を適切な粘度にし、果実全体・果肉・ピューレ・果汁・水抽出物・果皮等を使用しうる製品"ただし、皮をどれだけ配合するかは規格の外で、官能評価で確かめられる対象になる。ある柑橘の処理果皮を0・2・4・6%の配合で比較した試験では、2%配合が最も高く評価された。規格が「使ってよい」と定める幅と、食べておいしいと感じられる幅は、別の資料が別の方法で決めている。
範囲: TCVN 3215-79による当該マーマレード試験
注記: この配合・工程内の比較であり、最適比率を他の果実や製法へ一般化しない。
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seasoning-sanh-orange-marmalade —has_sensory_acceptability_increased_by→ "試験した0・2・4・6%のうち2%の処理果皮配合"ゆずの皮は、加工の中でノミリンへ動く
ゆずの皮は、マーマレードという同じ加工品の中で複数の成分が動く場所でもある。ゆず・コナツ・キンカン・ネーブルの単独・混合マーマレードを対象にした官能評価では、感じられる苦味の強さとノミリン量が対応していた。
範囲: ユズ・コナツ・キンカン・ネーブルの単独/混合マーマレード、13名官能評価
注記: 当該試料群で苦味とノミリンが相関。マーマレード一般の唯一原因とはしない。
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seasoning-yuzu-peel-marmalade —has_perceived_bitterness_associated_with→ compound-nomilinその成分がどう動くかも、工程の中で追える。ゆずの果皮を水に浸漬し加熱する工程では、ナリンギンは低下する一方でノミリンは増えていた。皮の苦味は一方向に減っていくだけの単純な工程ではなく、ある苦味成分が減る間に別の苦味成分が増えるという動き方をしている。
範囲: ユズ果皮を用いた1994年のマーマレード工程
注記: 苦味候補は同じ方向に動かない。ナリンギンは当該試料で閾値未満とされた。
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seasoning-yuzu-peel-marmalade —was_observed_with→ "水浸漬・加熱後のナリンギン低下と、ノミリン増加"分かっていないこと
- キノットのマーマレードは項目として名前が挙がっているが、この目録の中には苦味を裏づける主張が見つからなかった。名前を先に立てず、次の資料が見つかるまで空白のまま残す。
- ベルガモットの皮についても、この目録には対応する主張が無い。柑橘の皮の苦味を語る筋の中で、埋められないまま残る場所がある。
- ヘスペリジンの定量規格は品質の指標であり、苦味の強さそのものを測る値ではない。日本薬局方の性状が苦味を言葉で記す一方、定量規格は別の軸を測っている。
よく問われること
陳皮はなぜ苦いのか
日本薬局方は陳皮の性状として「味は苦くて、僅かに刺激性」と明記しており、これは基原植物であるウンシュウミカンなどの成熟果皮を基準とした公的な規格の記述である。陳皮に含まれる主なフラボノイドはヘスペリジンで、日本薬局方は乾燥物あたり4.0%以上という含有量を規定しているが、これは苦味の強さそのものを測る数値ではない。中医学の伝統的な分類でも陳皮は温性で辛苦の味に分類されているが、これも官能試験による苦味測定とは別の枠組みである。つまり陳皮が苦いという記述は複数の資料に共通するが、その苦さを定量的に測った官能データはこの資料には無い。
マーマレードやゆずジャムが苦くなることがあるのはなぜか
ゆずの皮を使ったマーマレードの製造工程を調べた研究では、水に浸けて加熱するとナリンギンは63〜76%低下する一方で、苦味の強いノミリンはかえって増えることが測られている。同じ研究では、官能で評価した苦味の強さとノミリンの量が対応することも13名のパネルで確かめられた。ベトナムの柑橘果皮を使ったマーマレードの官能試験では、試した0・2・4・6%の処理果皮配合のうち2%の配合が最も良いと評価されており、皮の配合量によって苦味の感じ方が変わることを示している。ただしこれらはいずれも小規模な一つの調製条件・パネルによる結果で、他の柑橘や工程にそのまま当てはまるとは確かめられていない。
関連する項目:陳皮(日本薬局方) /陳皮(熟成) /陳皮の熟成 /ビターオレンジの皮 /ビターオレンジのマーマレード /ゆず皮のマーマレード /柑橘マーマレード /キノットのマーマレード
関連する研究ノート: 柑橘の苦味は、遅れて来る /苦味を保存すると、何が変わるか /規格は苦味を公認し、売り場は苦味を選ぶ
出典台帳: 出典一覧
この頁の引用のしかた
青木大(NIGAMI LAB)(2026). 柑橘の皮——陳皮・ゆず・マーマレードに残る苦味. https://nigamilab.com/notes/citrus-peel-bitterness/
主張ごとの固定リンクは各カードの #clm-… です。データは CC BY 4.0、配布は データを使う。 データセットの DOI: 10.5281/zenodo.22739101